心理学専攻修士論文要約

中途障害者の心理−人工肛門保有者を対象に

藤井 康江

問題と目的

 従来の研究によれば、喪失体験者にとって悲嘆プロセスの通過は必要不可欠 のものである。しかし一方で、それに対する批判的な意見も多く存在する。本 研究では、喪失体験の中でも現代増加の一途を辿っている中途障害に注目し、 そのひとつである人工肛門保有者を取り上げた。
 障害者心理として、わが国の臨床場面で最も用いられている障害受容説や段 階説は、表面に現れた状態像を時系列的に記述しただけにすぎない。単に今ま での段階説に当てはめるだけでは対応困難なケースも少なくないとしながらも、 表面化した一側面のみに焦点を当てた介入・援助が行われてきたきらいがある。 中途障害者への心理学的援助を考える場合、表面化したものに注目するだけで なく、その背後に存在するであろう心理機制を詳細に検討していくことが重要 であると考えた。そこで、本研究は客観的事象ごとにどのような心理機制が生 じ、それがどのようなプロセスをたどるのかを検討することとした。

対象

 永久的人工肛門保有者20名を対象とした。対象者の内訳は男性16名、女性4 名であり、平均年齢は62.3歳(SD=11.35)であった。

方法

 心理的ストレス反応尺度、ストレス反応尺度、およびコーピング尺度の質問 紙調査を4つの客観的事象ごとに行った。事象における悲嘆反応、コーピング の変化を検討するために、1元配置の分散分析と多重比較を行った。次に悲嘆 反応とコーピングの関係について重回帰分析を行った。最後に、対象者を年齢 や疾患によって群わけし、群間の差を検討するために、2元配置の分散分析、 多重比較を行った。

結果

 「無気力」因子や「思考力低下」因子などの防衛反応と、悲哀反応とされる 「抑うつ」因子や「怒り」因子などは同事象時に存在し、ほぼ同様のプロフィー ルを描いた。悲嘆反応とコーピングの関係は、「病名告知時」での「積極的コー ピング」と「不機嫌」、「消極的コーピング」と「抑うつ」・「不安」・「怒 り」・「身体疲労感」・「無気力」が影響していた。また、原疾患や調査時年 齢によって、悲嘆反応やコーピングの因子が描くプロフィールに差があること が認められた。

考察

 「病名告知時」から「退院決定時」まで、さまざまな悲嘆反応が生じるが、 それは段階的に現れるのではなく、同時に出現し混在していることが明らかに なった。特に、「抑うつ」については、従来の研究結果とは異なり、初期の段 階から出現することがわかった。また、「病名告知時」の悲嘆反応とコーピング の関係が示唆され、「積極的コーピング」を使う人ほど「不機嫌度」が高くな り、「消極的コーピング」を使う人ほど「抑うつ」・「不安」・「怒り」・ 「身体疲労感」・「無気力」が高くなることが示された。以上のことは、患者 理解の一助となり、患者が安心できる環境を提供する上で参考になると考えら れた。
 しかしながら、回想的調査であったため、調査時の状況が結果に及ぼした影 響は大きく、悲嘆反応やコーピングスタイルを正確に測定できたとはいいがた い。そのため、今後はより研究の信頼性を高めるために、横断研究あるいは縦 断研究が望まれる。  また、本研究で得られた知見が人工肛門保有者に限らず、他の原因で中途障 害を負ってしまった人の心理にも共通して認められるのかを、今後、確認して いく必要がある。